7つの習慣①

7つの習慣①

久しぶりの投稿です。復活していきます。

最近はワイヤレスイヤホンを手に入れたきっかけもありyoutubeでビジネス系の動画を聞きあさっております。大変便利なのですが、ワイヤレスイヤホンはもう5個以上なくしているので今後こそ気を付けたいと思います・・・

今回は書籍を読んで考えたことについて。

有名な書籍スティーブン・R・コヴィー 著『完訳 7つの習慣~人格主義の回復~』を読みました。いわずと知れた世界的な名著であり、自己啓発に関連する書籍として、日本でも最も有名といっていい本の1つと言われています。新入社員の時に読んで、内容をなに一つ覚えていなかったのですが、再度読んでみるとこれがすごく興味深い。

基本的にはコヴィーさんが提唱する「7つの習慣」を継続して行えば成功しますよという内容です。詳しい内容は割愛しますが、まず巷であふれている「これをすれば直ぐに変われます」系の書籍ではないのが好感、しかし実践するのはかなりきつい印象です。

年末年始も近いので、心の棚卸も含め、心機一転、その中でも一番興味を抱いた「2つ目の習慣」について考えていきたいと思います。

■第二の習慣:終わりを思い描くことから始める

まず内容の紹介。
死ぬ前にどんな人生か振り返ってみて「後悔しないような生き方」にならないよう考えよう。というよくありがちなものではなく、コヴィーさんの視点は異なっていました。

それは「想像してください。ここは葬儀場です。あなたは死んでしまい、あなたはいま棺桶の中です。葬儀参列者は大勢いるかもしれないし、少人数かもしれません。さて、いまから弔辞が始まります。その弔辞の内容の中では、あなたをどんな人だったと語っていますか?」

このどんな人だと語っているかが重要だとコヴィーさんは言います。要するに、「死んだときに弔辞で、あなたをどんな人と語ってほしいかを自分の軸としなさい、この軸からぶれるものはすべてあなたの邪魔になるのでこれからの人生で排除していきましょう」という教えです。

なるほどなるほど。確かに、金に汚かった人とか、ただ単に優しい人っていわれるのも嫌だなあと読んだ時感じたのですが、コヴィーさんはこの「弔辞でどんな人と言われたいか」をまずは数週間かけて考えるべし、じゃないと成功しないよという超スパルタな教えだったんです。。。

次回  どんな人だったと言われたいか